ジーボのブログ

このブログはおもにジーボが読んできた絵本について紹介するものです。

まとめ記事を書いてみた

独自ドメインで書いている記事の紹介です。

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  以下は過去の記事を再掲しています。
 
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絵本 おだしんいちろうさんの「タイムカプセル」を紹介。どこに埋めたかわからなくならないようにしよう。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2011年発行、おだしんいちろうさん作、こばようこさん絵の「タイムカプセル」です。

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あらすじ

 えいたとはると は、ねんしょうさんからのしんゆうです。おべんとうのおかずのとりかえっこはいつもだし、あそぶときも、おゆうぎのときも、うたをうたうときもいつもいっしょ。もうずぐ二人は小学生です。さいきんはまいにちそつえんしきのれんしゅうです。

 ある日のことでした。「おっとっとっと、かぜがふいたぁ。」えいたは、はると と あそびたくてわざとぶつかりました。そのひょうしにつみきががらがらがら…「なにすんだよ!」はると は おもいっきりつきとばしました。えいた は ひっくりかえって ありさにおおあたり。「あーっ、えいた が ありさ をなかせたぁ。」「はると が おしたからだろ!」「なにいってんだよ。さいしょにおしたの えいた じゃん。おまえ、つみきなおせよな。」ありさ はなきながらりえ先生のところへかけよりました。「えいた、はやく ありさ にあやまれ!」「なんだよ。はると があやまれ!」大げんかになりました。「やめなさーい!」りえ先生がいっても二人はとまりません。「えいた なんかもういっしょうあそばない!」「はると なんかだいっきらいだ。」「いいもん、えいた と ともだちやめた!」つぎの日になってもふたりは口をききませんでした。そのつぎの日もおなじでした。そつえんしきのれんしゅうは、はしっことはしっこ。おたがいのすがたも見えません。

 そんなある日、りえ先生がいいました。「きょうはタイムカプセルをつくりまーす。」「タイムカプセル?」「まずはおてがみをかきましょう。大きくなったらなりたいものや、そつえんのまえにおともだちにいっておきたいことをかくのよ。」えいたとはると は かみを手でかくすようにしてかきました。「みんなかけたかな?ではかみをびんにいれましょう。」えいたもはると も かいたところが見えないように小さくおって入れました。りえ先生はびんをたかくあげていいました。「はい。これでできあがり。これからこのタイムカプセルをうめにいきまーす。」みんなじぶんのタイムカプセルをもってうらやまへむかいました。「みんなで大きなあなをほりましょう。」えいた は おもいきってはると に はなしかけました。そして…

 タイムカプセル懐かしいですね。ジーボの時代にもそういう話を聞きました。残念ながら自分がタイムカプセルを埋めたかは記憶にありません。以前テレビでタイムカプセルを埋めたけれどどこに埋めたかわからなくなったという話がありました。目印とか付けないものなんでしょうか?見つけられなかったタイムカプセルが何百年もの歳月を経て見つかったら未来人たちは何だと思うでしょうか?考えただけで面白いです。

 えいたとはると はタイムカプセルの中に何を書いていれたのでしょうか?気になりますね。大人になってから子供の頃の手紙を読むというのはどんな気持ちなんでしょうか?子供の頃を思い出す人もいれば、今の自分を振り返って悔やむ人もいるでしょう。でも、子供の頃の元気さや純粋さを思い出して改めて前を向いて歩むきっかけになって欲しいと思います。

 では、またの機会にお会いしましょう。

 

追伸:突然ですが、この回で絵本の紹介は終わりにします。もしも読んでいて下さった方がいらっしゃったら大変申し訳ございません。今後は車の話題を中心に独自ドメインでブログを始めることになりました。気が向いたら、http://ziibo52.com/WordPressでアクセスしてみて下さい。

絵本 星新一さんの「花とひみつ」を紹介。絵本だけどショートショート

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2009年発行、星新一さん作、和田誠さん絵の「花とひみつ」です。星さんは作家でショートショートと呼ばれる短編の新分野を確立し、1000以上の作品を発表している方です。

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あらすじ

 ハナコちゃんは花が大すきでした。草花も木にさく花もすきでした。いつもせかいじゅうが花でいっぱいになるといいなと、おもっていました。

 ある日、ハナコちゃんはのはらへ花のしゃせいに出かけました。いろいろな草花のえをかきながらふと、こんなことをかんがえました。モグラをならすことができたらどんなにおもしろいだろうな、モグラたちにじめんの下をうごきまわらせて草や木のせわをさせるのよ。草や木はよろこんできれいな花をたくさんさかせてくれるでしょう。ハナコちゃんはそのおもいつきをじぶんのえにかきくわえました。そのときかぜがふいてきてせっかくのそのえがとんでしまいました。ハナコちゃんはあわてておいかけましたが、かぜにのってたかくたかくあがってしまいました。

 えはおひさまのひかりをあびながら、たのしくおどりつづけ、ながれつづけていきました。そのうちうみにおちそうになりましたが、カモメにくわえられてはこばれ、そのご、ちいさなしまへおちていきました。そこにはあるくにがつくったひみつのけんきゅうじょがありました。そらからおちたえはけんきゅうじょのまどのひとつにとびこみました。

 へやにはいってきたけんきゅうしょちょうはつくえの上にのっているえに気がつきました。そして、そのえをほんごくからおくられてきためいれいしょとおもいこんでしまいました。

 しょちょうはけんきゅうじょのがくしゃたちをあつめて、草や木のせわをするモグラをどうやってそだてるかそうだんしました。ひとりのがくしゃがそれとおなじはたらきをするロボットをつくることをていあんしました。「うむ。そのほうがかんたんかもしれない。それにきめよう。」

 しまのけんきゅうじょはロボットのモグラをつくるのにぜんりょくをあげました。そして大きなうえきばちの中でじっけんがおこなわれ、じっけんはせいこうし、みんなは大よろこびしました。

 けんきゅうがせいこうしたというしらせをしたところ、ほんごくからだいじんがやってきました。そして…

 星さんらしい絵本になっていますが、そもそもどうしてえほんを書くことになったのか、その理由に興味があります。この辺りについては何も情報がないのでわかりませんが。和田さんの絵は星さんの話ととてもよく合っていて、ショートショートを読んでいるのと全く変わらない印象でした。このお話をおもしろいと感じられる方には星さんのショートショートをお勧めします。きっと楽しめると思いますよ。案外子どもが読んで星さんの新しい読者をつかむきっかけになるかもしれません。

 では、またの機会にお会いしましょう。

銭湯のマナーについて気になっていたこと

 皆さんこんにちは。ジーボです。皆さんはスーパー銭湯へ行かれますか?先日ジーボはとあるスーパー銭湯へ行ってきました。その時思い出したのですが、以前うちの子が学校の合宿でお風呂に入った時、湯船に入る前に体を洗わず、かけ湯のみで入ろうとしたところ、マナー違反だと、仲間や先生に指摘された。親としてどうして教えておいてくれなかったのか?と責められました。我が家ではかけ湯のみで入って、出てから体を洗う習慣だったので、それが普通だと思っていました。

 ジーボの実家も奥さんの実家も同じだったので何故マナー違反だと言われてしまうのか疑問に思いました。他の入浴者の為に湯船のお湯をなるべく汚さないためだとは思いますが、わざわざきれいに体を洗ってまで入る必要があるんでしょうか?いくらきれいに洗っても完全に清潔になる訳ではないのだから、そこまでしなくてもと当時は思っていました。とはいえ、それで不快に思う人がいるのならばマナーとして家庭ではともかく、外では体を洗ってから湯船に入るように切り替えました。

 とは言っても少し不満はあります。湯船に入って汗をかいてから体を洗ったほうが格段にきれいに洗えた感があるのです。なので一旦体を洗って湯船に浸かってそれからまた体を洗うという非効率的なことをしなければいけなくなるのが、不満です。

 なのでWebで銭湯のマナーについて調べてみたところ、かけ湯についての解釈が東日本と西日本で異なることが分かりました。東日本ではかけ湯というと体をきれいに洗うことを意味します。一方西日本では文字通り、我が家のようにお湯を体にかけるだけの意味しかないようです。つまり、我が家は西日本側での入り方をしているだけでマナー違反ではなかったということです。(まあ東日本側へ行けばマナー違反なんですけど・・・)そう言えば先日のスーパー銭湯は西日本側だったのでかけ湯のみで入っていた人ばかりだったような気がします。今度からは地域に合わせた入り方に変えていきたいと思います。

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 井上よう子さんの「おによりつよいおよめさん」を紹介。吉田沙保里選手ととら、霊長類最強はどっちだ!

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2013年発行、井上よう子さん作、吉田尚命さん絵の「おによりつよいおよめさん」です。

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あらすじ

 山おくのまつの木のそばのこやにおにがすんでいました。このおにときたらとんでもないらんぼうもので気がむくとあちこちの村におりてっちゃ、あばれていくまったくこまったおにでした。

 あるばんおにはまつの木のえだにこしかけてさけをのんでいました。ふもとの村のあかりを見て、ひとりはたいくつだとかんがえていました。そこでよめをもらうことをおもいつきました。「よめをもらってめしたきをさせよう。いうこときかなきゃ、ぶんなぐってやる。」

 よるがあけるやいなやおにはふもとの村にかけおりました。村人を全員呼び出し、村いちばんのおなごをよこせといいました。村人たちがこまっていたところ、とらというでっかいむすめが名のり出ました。とらを見たおにはくびをひねりました。「これが村いちばんのおなごだと?」「そうだよ。」とらはすましてうなずきました。そして「うでっぷしなら村いちばん。」といいました。おにはしげしげととらを見て、「まあ、山のくらしにゃ、こんぐれえがんじょうなおなごがええかもしれん。」とひとりうなずきました。

 おにはとらをこやへつれてかえり、「めしをつくれ、それがすんだら、そうじにせんたくだ。」ととらにいいつけました。ところがとらはめしたきもせんたくも大のにがてでした。「ちからしごとならだれにもまけねえけど…めしたきはじぶんでやってくれ。」とこたえました。それをきいたおにはおこり、とらにつかみかかりました。「なにするだ!」とらはおにのこぶしをつかみ、ぶーんとなげとばしました。どってーん!おにはいたいやらなさけないやら。しかたがないのでめしはおにがたきました。

 とらはめしたきどころかそうじもしないし、せんたくもしません。めしをくってはひっくりかえってばかりでした。すっかりあてがはずれたおにはこんなよめはもういらんととらのてをつかみ「こい!村にたたっかえしてやるっ!」とずんずん山みちをおりていきました。そのとき、いままでおにが見たこともない大きなくまがあらわれました。「はれえ!」おどろくとらにおには はないきあらくいいました。「わしのほんとうのつよさをとっくりみるがいい。」木のえだをへしおってくまにむかっていきました。けれども木のえだはくまのひとなぐりではじきとばされました。くまにおいつめられたおには木にのぼり、とらにいいました。「た、たすけ…いや、なんでもねえ。おめえははやくにげろおっ!」そして…

 今風なお話を昔話のような世界で表現していてとてもおもしろいです。絵のおには獣のようでとても強そうに見えながらもどことなく愛嬌があり人間的な面がある点をうまく表現していると思います。それにしても鬼より強いとらはまるで霊長類最強の吉田沙保里選手のようです。なんてね。(笑)

 では、またの機会にお会いしましょう。

 

絵本 日本昔話の「かちかちやま」を紹介。たぬきはかなり残酷。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は日本昔話から「かちかちやま」を紹介します。この本は1984年発行、岩崎京子さん文、黒井 健さん絵で描かれています。

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あらすじ

 むかしじいさまとばあさまがいました。ある日じいさまははたけにまめをまきました。「ひとつぶまけば四つぶになあれ。」するとそこへたぬきがやってきてじゃまばかりしました。「ひとつぶまけばひとつぶよ。ねっきり はっきり これっきり。」「こらあ。」じいさまはおこりました。

 つぎの日、じいさまはたぬきがいつもすわるきりかぶにとりもちをぬっておきました。「ふたつぶまけば二せんつぶになあれ。」すると、またたぬきが出てきてあくたいをつきました。「ふたつぶまいてもふたつぶよ。きたかぜふいたらもとどおり。」「こらあ。」たぬきはにげようとしましたがべったりおしりにとりもちがついて、とうとうつかまってしまいました。じいさまはどまのはりにたぬきをつるしました。そして「ばあさんや、おら、しのこしをやってくるが、たぬきがなにかいうてもとりあっちゃなんねえぞ。」「あい。」

 ばあさまがどまでこめをついているとたぬきがいいました。「ばあさま。おら、こめつくのかせいしべえ。なわといてけろ。」「山へにげてくつもりだべ。」とばあさま。「にげるもんか。こめついたらまたおら、ぶらさがってるからさ。」たぬきにそういわれて、ばあさまはなわをほどいてやりました。たぬきは力があるのでたちまちこめをついてしまいました。「ばあさま、これくれえでええんでねえか。」ばあさまがうすをのぞくとたぬきはきねをふりおろし、ばあさまをころしてしまいました。

 たぬきはばあさまのきものをきて、ばあさまにばけ、ばあさまのにくをにて、たべました。はたけからもどったじいさまは、ばあさまにばけたたぬきにだまされてばあさまのにくをたべてしまいました。たぬきは「たぬきじるくうとてばんばじるくうた。ながしのしたのほねを見ろ。」というと、もとのたぬきにもどり、山ににげていきました。

 「ああ、なさけねえ。しらずに ばあさんくってしまった。いまいましい。」じいさまが かなしんでいると、うさぎがやってきました。「じいさま、なして ないとんじゃ。」じいさまがわけをはなすと、「ひどいたぬきめ。よし、おら、あだとってやる。じいさままっててけろ。」

 うさぎはいりまめをつくるとそれをもって山へいき、わざとたぬきあなのそばでしばをかりました。するとたぬきは「いりまめのにおいだ。うさぎどんおらにもわけろや。」といいました。うさぎは「このしばをしょってけろ。そしたらやってもええ。」たぬきはしばをしょうと、山をおりていきました。うさぎはたぬきのうしろにまわると、火うち石をかちかちいわせました。「うさぎどん、いまかちかちっておとがしたべ。」とたぬき。「あれ、たぬきどん、しらねえのか。ここはかちかち山だど。それでかちかちゆうだ。」そして…

 ジーボが記憶しているかちかち山とは少し違います。こちらのほうが言い伝えに忠実なのでしょうが、少し残酷すぎる気がします。ジーボが子供の頃によんだ本はばあさまをたべるところを省略していたのでしょうね。この本のやられたらやりかえすみたいな描写がちょっと不快でした。

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」あとがきを紹介。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回は昨日紹介した「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」のあとがきについて書きます。あとがきは原案の坂本義喜さん、作文をされた内田美智子さん、絵を描いた魚戸おさむさんの3人がそれぞれ1頁を使ってこのお話に対する思いを書かれています。以下に順に紹介していきます。

自分の仕事の意味  坂本義喜さん(食肉解体作業員)

 このお話は今から二十数年前に実際に体験したことだそうです。最初は運ばれてきた動物たちを肉にする仕事で動物たちに対してかわいそうという感情はなく、ただ大きくて獰猛な存在でしかなかったといいます。女の子がみいちゃんの首から肩を撫でている時のみいちゃんの幸せそうな顔を見てこんなにおとなしく利口な牛がいることを初めて知ったそうです。翌日みいちゃんを見に行くと初めは威嚇してにらむけれど時間が経つにつれ、みいちゃんから寄ってきて坂本さんの手をなめてくれたといいます。このとき自分の仕事は動物たちが少しでも楽な気持ちで天国に行けるようにすることだとわかったそうです。その後、動物たちの不安な気持ち、死にたくない気持ちを誰かに知ってほしくて、忍君の学校で話をしたことが講演活動のきっかけになったということです。三、四十年前まではこのような話ができる時代ではなく、食肉解体作業の仕事を知る人も少なく、知っていても良いイメージは持たれていなかったようです。坂本さんは大人たちにはこの仕事を正しく理解してもらい、子どもたちには命の尊さや世の中には色々な仕事があることを知ってほしくて講演活動を続けているということです。

奇跡の出会い  内田美智子さん(助産師)

 ある小学校の体育館で助産師としての自分の講演の準備をしている時に坂本さんが先に講演をしていたそうです。初めは準備をしながら何気なく聞いていたそうですが、だんだん話に引き込まれ、最後はハンカチを握りしめながら嗚咽が漏れるほど泣いてしまったということです。この話をたくさんの大人や子供たちに伝えたいと思い、その日のうちに文章にまとめて、後日絵本にしてほしいといくつかの出版社にお願いしたそうです。命のありようの伝え方、命をいただくことの意味を伝える手段はほかにもたくさんあると思うが、坂本さんの語る命のいただき方は多くの人に知ってほしいと思ったといいます。助産師として三十四年間、人の命の誕生の瞬間に立ち会って、母親から命の力を分け与えてもらうことで私たちの命は存在するのだと伝えてきたけれども、その命をつないでいくためにはあらゆる命を殺生していただいていくしかありません。そのことを考えるとき、坂本さんのお話は最高の材料になると思ったそうです。絵本になったあと、あるイベントで坂本さんと対談する機会があり、その時のお話の中で印象に残っているのが帝王切開の話だそうです。帝王切開は普通、人間でも動物でも出産時に母親と子どもの命を救うために行うものですが、坂本さんたちが行う場合は母牛の命は諦めて、子牛だけを助けるそうです。もちろんそうするしかないからなのですが、その助けた子牛が数年後にまた坂本さんたちの所に来るのはつらいとおっしゃっていたそうです。人間の出産だけを見てきた内田さんにとってはとてもショックだったということです。肉になる命も私たち人間と何変わることのない一つの命で、それをいただく限りは感謝を持って最後までいただくということが、私たち人間に課せられた義務なのだと思い知らされたということです。

わらしべ長者のような絵本  魚戸おさむさん(漫画家)

 このお話はまるで”わらしべ長者”のような縁で絵本になったと魚戸さんはいいます。ここではその過程について語られています。

 この絵本のお話を書かれた助産師の内田さんが、ある日、食肉解体作業員の坂本さんの講演を聞いたことから始まりました。内田さんは坂本さんのお話に大変感銘を受け、内容を作文にして坂本さんに目を通していただいたうえで、内田さんの講演会で朗読して人に伝えていたということです。それと同時にいくつかの出版社などに本にできないかと相談し、興味を持った新聞社の方が小さなサイズの本にしました。この本なら魚戸さんも坂本さんの話を人に伝えられると思い、たくさんの人にプレゼントしたそうです。その中に読み聞かせのボランティアをしている主婦の方がいて、とても反響があり、もっと多くの人に伝えたいので広い教室の後ろからでも見えるように紙芝居サイズの絵を描いてほしいと依頼され、書き上げたということです。本当はその主婦の方にだけプレゼントするつもりだったそうですが、話を聞いた内田さんが、本を出版してくれた新聞社にかけあって、製品として「紙しばい いのちをいただく」ができあがったそうです。その後漫画家仲間の前で発表する機会があり、仲間から「内容が素晴らしいので更に何か別の形にできたらいいね。」と褒めてもらい、その一年半後にはデジタル紙芝居(DVD)として完成したそうです。そして同時進行で制作されていたのが「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」の絵本だったということです。

 

 いかがでしたか?この本はぜひ、たくさんの人に読んでいただきたいとジーボも思います。では、またの機会にお会いしましょう。