ジーボのブログ

このブログはおもにジーボが読んできた絵本について紹介するものです。

銭湯のマナーについて気になっていたこと

 皆さんこんにちは。ジーボです。皆さんはスーパー銭湯へ行かれますか?先日ジーボはとあるスーパー銭湯へ行ってきました。その時思い出したのですが、以前うちの子が学校の合宿でお風呂に入った時、湯船に入る前に体を洗わず、かけ湯のみで入ろうとしたところ、マナー違反だと、仲間や先生に指摘された。親としてどうして教えておいてくれなかったのか?と責められました。我が家ではかけ湯のみで入って、出てから体を洗う習慣だったので、それが普通だと思っていました。

 ジーボの実家も奥さんの実家も同じだったので何故マナー違反だと言われてしまうのか疑問に思いました。他の入浴者の為に湯船のお湯をなるべく汚さないためだとは思いますが、わざわざきれいに体を洗ってまで入る必要があるんでしょうか?いくらきれいに洗っても完全に清潔になる訳ではないのだから、そこまでしなくてもと当時は思っていました。とはいえ、それで不快に思う人がいるのならばマナーとして家庭ではともかく、外では体を洗ってから湯船に入るように切り替えました。

 とは言っても少し不満はあります。湯船に入って汗をかいてから体を洗ったほうが格段にきれいに洗えた感があるのです。なので一旦体を洗って湯船に浸かってそれからまた体を洗うという非効率的なことをしなければいけなくなるのが、不満です。

 なのでWebで銭湯のマナーについて調べてみたところ、かけ湯についての解釈が東日本と西日本で異なることが分かりました。東日本ではかけ湯というと体をきれいに洗うことを意味します。一方西日本では文字通り、我が家のようにお湯を体にかけるだけの意味しかないようです。つまり、我が家は西日本側での入り方をしているだけでマナー違反ではなかったということです。(まあ東日本側へ行けばマナー違反なんですけど・・・)そう言えば先日のスーパー銭湯は西日本側だったのでかけ湯のみで入っていた人ばかりだったような気がします。今度からは地域に合わせた入り方に変えていきたいと思います。

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 井上よう子さんの「おによりつよいおよめさん」を紹介。吉田沙保里選手ととら、霊長類最強はどっちだ!

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2013年発行、井上よう子さん作、吉田尚命さん絵の「おによりつよいおよめさん」です。

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あらすじ

 山おくのまつの木のそばのこやにおにがすんでいました。このおにときたらとんでもないらんぼうもので気がむくとあちこちの村におりてっちゃ、あばれていくまったくこまったおにでした。

 あるばんおにはまつの木のえだにこしかけてさけをのんでいました。ふもとの村のあかりを見て、ひとりはたいくつだとかんがえていました。そこでよめをもらうことをおもいつきました。「よめをもらってめしたきをさせよう。いうこときかなきゃ、ぶんなぐってやる。」

 よるがあけるやいなやおにはふもとの村にかけおりました。村人を全員呼び出し、村いちばんのおなごをよこせといいました。村人たちがこまっていたところ、とらというでっかいむすめが名のり出ました。とらを見たおにはくびをひねりました。「これが村いちばんのおなごだと?」「そうだよ。」とらはすましてうなずきました。そして「うでっぷしなら村いちばん。」といいました。おにはしげしげととらを見て、「まあ、山のくらしにゃ、こんぐれえがんじょうなおなごがええかもしれん。」とひとりうなずきました。

 おにはとらをこやへつれてかえり、「めしをつくれ、それがすんだら、そうじにせんたくだ。」ととらにいいつけました。ところがとらはめしたきもせんたくも大のにがてでした。「ちからしごとならだれにもまけねえけど…めしたきはじぶんでやってくれ。」とこたえました。それをきいたおにはおこり、とらにつかみかかりました。「なにするだ!」とらはおにのこぶしをつかみ、ぶーんとなげとばしました。どってーん!おにはいたいやらなさけないやら。しかたがないのでめしはおにがたきました。

 とらはめしたきどころかそうじもしないし、せんたくもしません。めしをくってはひっくりかえってばかりでした。すっかりあてがはずれたおにはこんなよめはもういらんととらのてをつかみ「こい!村にたたっかえしてやるっ!」とずんずん山みちをおりていきました。そのとき、いままでおにが見たこともない大きなくまがあらわれました。「はれえ!」おどろくとらにおには はないきあらくいいました。「わしのほんとうのつよさをとっくりみるがいい。」木のえだをへしおってくまにむかっていきました。けれども木のえだはくまのひとなぐりではじきとばされました。くまにおいつめられたおには木にのぼり、とらにいいました。「た、たすけ…いや、なんでもねえ。おめえははやくにげろおっ!」そして…

 今風なお話を昔話のような世界で表現していてとてもおもしろいです。絵のおには獣のようでとても強そうに見えながらもどことなく愛嬌があり人間的な面がある点をうまく表現していると思います。それにしても鬼より強いとらはまるで霊長類最強の吉田沙保里選手のようです。なんてね。(笑)

 では、またの機会にお会いしましょう。

 

絵本 日本昔話の「かちかちやま」を紹介。たぬきはかなり残酷。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は日本昔話から「かちかちやま」を紹介します。この本は1984年発行、岩崎京子さん文、黒井 健さん絵で描かれています。

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あらすじ

 むかしじいさまとばあさまがいました。ある日じいさまははたけにまめをまきました。「ひとつぶまけば四つぶになあれ。」するとそこへたぬきがやってきてじゃまばかりしました。「ひとつぶまけばひとつぶよ。ねっきり はっきり これっきり。」「こらあ。」じいさまはおこりました。

 つぎの日、じいさまはたぬきがいつもすわるきりかぶにとりもちをぬっておきました。「ふたつぶまけば二せんつぶになあれ。」すると、またたぬきが出てきてあくたいをつきました。「ふたつぶまいてもふたつぶよ。きたかぜふいたらもとどおり。」「こらあ。」たぬきはにげようとしましたがべったりおしりにとりもちがついて、とうとうつかまってしまいました。じいさまはどまのはりにたぬきをつるしました。そして「ばあさんや、おら、しのこしをやってくるが、たぬきがなにかいうてもとりあっちゃなんねえぞ。」「あい。」

 ばあさまがどまでこめをついているとたぬきがいいました。「ばあさま。おら、こめつくのかせいしべえ。なわといてけろ。」「山へにげてくつもりだべ。」とばあさま。「にげるもんか。こめついたらまたおら、ぶらさがってるからさ。」たぬきにそういわれて、ばあさまはなわをほどいてやりました。たぬきは力があるのでたちまちこめをついてしまいました。「ばあさま、これくれえでええんでねえか。」ばあさまがうすをのぞくとたぬきはきねをふりおろし、ばあさまをころしてしまいました。

 たぬきはばあさまのきものをきて、ばあさまにばけ、ばあさまのにくをにて、たべました。はたけからもどったじいさまは、ばあさまにばけたたぬきにだまされてばあさまのにくをたべてしまいました。たぬきは「たぬきじるくうとてばんばじるくうた。ながしのしたのほねを見ろ。」というと、もとのたぬきにもどり、山ににげていきました。

 「ああ、なさけねえ。しらずに ばあさんくってしまった。いまいましい。」じいさまが かなしんでいると、うさぎがやってきました。「じいさま、なして ないとんじゃ。」じいさまがわけをはなすと、「ひどいたぬきめ。よし、おら、あだとってやる。じいさままっててけろ。」

 うさぎはいりまめをつくるとそれをもって山へいき、わざとたぬきあなのそばでしばをかりました。するとたぬきは「いりまめのにおいだ。うさぎどんおらにもわけろや。」といいました。うさぎは「このしばをしょってけろ。そしたらやってもええ。」たぬきはしばをしょうと、山をおりていきました。うさぎはたぬきのうしろにまわると、火うち石をかちかちいわせました。「うさぎどん、いまかちかちっておとがしたべ。」とたぬき。「あれ、たぬきどん、しらねえのか。ここはかちかち山だど。それでかちかちゆうだ。」そして…

 ジーボが記憶しているかちかち山とは少し違います。こちらのほうが言い伝えに忠実なのでしょうが、少し残酷すぎる気がします。ジーボが子供の頃によんだ本はばあさまをたべるところを省略していたのでしょうね。この本のやられたらやりかえすみたいな描写がちょっと不快でした。

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」あとがきを紹介。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回は昨日紹介した「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」のあとがきについて書きます。あとがきは原案の坂本義喜さん、作文をされた内田美智子さん、絵を描いた魚戸おさむさんの3人がそれぞれ1頁を使ってこのお話に対する思いを書かれています。以下に順に紹介していきます。

自分の仕事の意味  坂本義喜さん(食肉解体作業員)

 このお話は今から二十数年前に実際に体験したことだそうです。最初は運ばれてきた動物たちを肉にする仕事で動物たちに対してかわいそうという感情はなく、ただ大きくて獰猛な存在でしかなかったといいます。女の子がみいちゃんの首から肩を撫でている時のみいちゃんの幸せそうな顔を見てこんなにおとなしく利口な牛がいることを初めて知ったそうです。翌日みいちゃんを見に行くと初めは威嚇してにらむけれど時間が経つにつれ、みいちゃんから寄ってきて坂本さんの手をなめてくれたといいます。このとき自分の仕事は動物たちが少しでも楽な気持ちで天国に行けるようにすることだとわかったそうです。その後、動物たちの不安な気持ち、死にたくない気持ちを誰かに知ってほしくて、忍君の学校で話をしたことが講演活動のきっかけになったということです。三、四十年前まではこのような話ができる時代ではなく、食肉解体作業の仕事を知る人も少なく、知っていても良いイメージは持たれていなかったようです。坂本さんは大人たちにはこの仕事を正しく理解してもらい、子どもたちには命の尊さや世の中には色々な仕事があることを知ってほしくて講演活動を続けているということです。

奇跡の出会い  内田美智子さん(助産師)

 ある小学校の体育館で助産師としての自分の講演の準備をしている時に坂本さんが先に講演をしていたそうです。初めは準備をしながら何気なく聞いていたそうですが、だんだん話に引き込まれ、最後はハンカチを握りしめながら嗚咽が漏れるほど泣いてしまったということです。この話をたくさんの大人や子供たちに伝えたいと思い、その日のうちに文章にまとめて、後日絵本にしてほしいといくつかの出版社にお願いしたそうです。命のありようの伝え方、命をいただくことの意味を伝える手段はほかにもたくさんあると思うが、坂本さんの語る命のいただき方は多くの人に知ってほしいと思ったといいます。助産師として三十四年間、人の命の誕生の瞬間に立ち会って、母親から命の力を分け与えてもらうことで私たちの命は存在するのだと伝えてきたけれども、その命をつないでいくためにはあらゆる命を殺生していただいていくしかありません。そのことを考えるとき、坂本さんのお話は最高の材料になると思ったそうです。絵本になったあと、あるイベントで坂本さんと対談する機会があり、その時のお話の中で印象に残っているのが帝王切開の話だそうです。帝王切開は普通、人間でも動物でも出産時に母親と子どもの命を救うために行うものですが、坂本さんたちが行う場合は母牛の命は諦めて、子牛だけを助けるそうです。もちろんそうするしかないからなのですが、その助けた子牛が数年後にまた坂本さんたちの所に来るのはつらいとおっしゃっていたそうです。人間の出産だけを見てきた内田さんにとってはとてもショックだったということです。肉になる命も私たち人間と何変わることのない一つの命で、それをいただく限りは感謝を持って最後までいただくということが、私たち人間に課せられた義務なのだと思い知らされたということです。

わらしべ長者のような絵本  魚戸おさむさん(漫画家)

 このお話はまるで”わらしべ長者”のような縁で絵本になったと魚戸さんはいいます。ここではその過程について語られています。

 この絵本のお話を書かれた助産師の内田さんが、ある日、食肉解体作業員の坂本さんの講演を聞いたことから始まりました。内田さんは坂本さんのお話に大変感銘を受け、内容を作文にして坂本さんに目を通していただいたうえで、内田さんの講演会で朗読して人に伝えていたということです。それと同時にいくつかの出版社などに本にできないかと相談し、興味を持った新聞社の方が小さなサイズの本にしました。この本なら魚戸さんも坂本さんの話を人に伝えられると思い、たくさんの人にプレゼントしたそうです。その中に読み聞かせのボランティアをしている主婦の方がいて、とても反響があり、もっと多くの人に伝えたいので広い教室の後ろからでも見えるように紙芝居サイズの絵を描いてほしいと依頼され、書き上げたということです。本当はその主婦の方にだけプレゼントするつもりだったそうですが、話を聞いた内田さんが、本を出版してくれた新聞社にかけあって、製品として「紙しばい いのちをいただく」ができあがったそうです。その後漫画家仲間の前で発表する機会があり、仲間から「内容が素晴らしいので更に何か別の形にできたらいいね。」と褒めてもらい、その一年半後にはデジタル紙芝居(DVD)として完成したそうです。そして同時進行で制作されていたのが「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」の絵本だったということです。

 

 いかがでしたか?この本はぜひ、たくさんの人に読んでいただきたいとジーボも思います。では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 内田美智子さんの「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」を紹介。命の尊さを思い出そう。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2013年発行、坂本義喜さん原案、内田美智子さん作、魚戸おさむとゆかいななかまたち絵の「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」です。

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あらすじ

 さかもとさんはしょくにくセンターではたらいています。うしのいのちを”といて”おにくにするしごとです。”とく”というのはうしやぶたをころすといういみです。しょくにくかいたいぎょうしゃがつかっていることばです。さかもとさんはこのしごとがずっといやでした。いつかやめようとおもいながらしごとをしていました。

 さかもとさんには小学3ねん生の子どもがいました。しのぶくんという男の子です。ある日じゅぎょうさんかんがあり、さかもとさんがいくことになりました。じゅぎょうさんかんでは、しゃかいかの「いろんなしごと」というじゅぎょうでした。先生が子どもたちに「おとうさん、おかあさんのしごとはどんなしごとですか?」とひとりひとりにたずねていました。しのぶくんはおとうさんのしごとをふつうのにくやとこたえました。

 その日、いえにかえってからしのぶくんはおとうさんにいいました。「おとうさんがしごとばせんと、みんながにくをたべれんとやね。」なんでそんなことをいいだすのかきいてみると、学校のかえりぎわ、しのぶくんは先生によびとめられてこういわれました。「さかもと、なんでおとうさんのしごとばふつうのにくやてゆうたとや?」「ばってん、カッコわるかもん、1かい見たことあるばってん、ちのいっぱいついてから、カッコわるかもん」先生はしのぶくんにおとうさんがしごとをしないと先生もしのぶくんも校ちょう先生もかいしゃのしゃちょうさんもにくがたべられない。だからすごいしごとをしているのだということをつたえました。しのぶくんはそこまで一気にしゃべり、さいごに「おとうさんのしごとはすごかとやね」といいました。さかもとさんはもうすこししごとをつづけようかなとおもいました。

 ある日、一日のしごとをおえたさかもとさんがじむしょで休んでいると、1台のトラックが入ってきました。にだいにはあしたんにくになるよていのうしがつまれていました。みているとじょしゅせきから10さいぐらいの女の子がとびおりてきました。そしてそのままにだいにあがっていきました。さかもとさんがトラックにちかづいてみいると女の子がうしにはなしかけているこえがきこえてきました。「みいちゃんごめんねぇ。みいちゃんごめんねぇ。みいちゃんがにくにならんとお正月がこんて、じいちゃんのいわすけん。みいちゃんばうらんとみんながくらせんけん。ごめんねぇ。みいちゃんごめんねぇ。」そういいながらうしのはらをさすっていました。さかもとさんは「見なきゃよかった。」とおもいました。トラックのうんてんせきから女の子のおじいちゃんがおりてきてさかもとさんにあたまをさげました。「さかもとさん、みいちゃんはこの子といっしょにそだちました。だけん、ずっとうちにおいとくつもりでした。ばってん、みいちゃんばうらんとこの子におとし玉もクリスマスプレゼントもかってやれんとです。あしたはどうぞよろしくおねがいします。」さかもとさんはまた、「このしごとはやめよう。もうできん。」とおもいました。そしておもいついたのがあしたのしごとを休むことでした。

 さかもとさんはいえにかえり、みいちゃんと女の子のことをしのぶくんにはなしました。そしてみいちゃんをにくにすることができないのであしたのしごとは休もうとおもっているとつたえました。しのぶくんは「ふ~ん」といってしばらくだまったあと、テレビに目をうつしました。

 そのよるいつものようにさかもとさんはしのぶくんといっしょにおふろに入りました。しのぶくんはさかもとさんのせなかをながしながらいいました。「おとうさん、やっぱりおとうさんがしてやったほうがよかよ。こころのなか人がしたらうしがくるしむけん。おとうさんがしてやんなっせ。」さかもとさんはだまってきいていましたが、けっしんはかわりませんでした。

 つぎの日のあさ、しのぶくんは小学校へ出かけるときにげんかんでさけびました。「おとうさん、きょうはいかないけんよ!」「わかったね?」さかもとさんはおもわず「おう、わかった」とこたえてしまいました。さかもとさんはしぶいかおをしながらしごとへと出かけました。そして…

 この本は最後までお話を書きたくてしかたがありませんでした。人は牛や豚の命を奪って自分たちの生きるエネルギーとしています。それはしかたのないことではありますが切ない思いがこみ上げてきます。我々は色々なものから命をいただいて生きているということをもっと自覚すべきだと感じました。命を無駄にしないためにも。

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 ローレン・チャイルドさんの「ぜったいひとつだからね」を紹介。「チャーリーとローラ」シリーズ。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2016年発行、ローレン・チャイルドさん作、絵、木坂 涼さん訳の「ぜったいひとつだからね」です。この本は「チャーリーとローラ」シリーズの1冊です。「チャーリーとローラ」は2005年に英語版テレビアニメが制作され、日本を含めた世界35か国以上で放映されたそうです。

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あらすじ

 ぼくのいもうとローラはちょっとかわってて、手のかかるやつなんだ。とチャーリーはいいます。あるときママがチャーリーたちをつれてかいものにいくといいます。そのときママは「なにかひとつ、かっていいわよ」といいました。チャーリーはたしかめます。「ひとつってぼくといもうととふたりでひとつ?」ママは「ひとりにひとつよ。」とこたえました。

 そこでチャーリーはローラのところへいって、かいものにいくことをつたえます。そして、「ママがごほうびになにかひとつ かっていいってさ。」とチャーリー。するとローラは「それって…ふたりでひとつってこと?」とききます。「いいや、ひとりにひとつだって。」とチャーリー。「つまりふたつってことね?」「だ・か・ら、ふたりでふたつってことさ。」チャーリーが答えました。「10ぷんしたらかいものにいくわよー」とママのこえがきこえました。チャーリーはいそぎます。はをみがくのに3ぷん、あさごはんをたべてなかったことに気がつくのに1ぷん、ごはんをたべて4ぷん。またはをみがいて3ぷん、ローラのかたほうのくつをさがすのに8ぷんごうけいすると19ふん。9ふんもすぎています。

 するとローラが「ちょっとまってて」といいました。「ちょっとってどのくらい?」とチャーリーがききます。「ひとつしなくちゃならないことがあるの。」「でももういくじかんだよ」「だいじょうぶ1びょうのはんぶんもかからないから」とローラ。でもとけいを見てみると2ふんもすぎている。

 チャーリーはローラのへやへいってみました。ローラはじぶんのふくの水玉もようをかぞえていて12までかぞえましたが、そのつぎが出てきません。チャーリーにきくと、「12のつぎはかいものにつれていってもらえないってことさ」「きゃーたいへんいそがなきゃ」とローラ。

 ようやく出かけることができましたが、ローラはてんとうむしを見つけてかぞえたり、いけのそばをとおりかかったときにカモがなんわいるかチャーリーにもんだいを出したり、でんせんの上とりをかぞえたりしました。それからチャーリーはおみせにつくまでいっぽいっぽかぞえました。156ぽあって、ようやくおみせにつきました。そして…

 お話に出てくるローラは確かに手のかかる子のようですが、ママもチャーリーも手馴れていてうまく対応しているのが面白いです。

 数に興味をもたせる最初の本としてみると、数字の好き嫌いがわかる本かもしれません。一方、数に興味があるお子さんであれば、1から1兆までの数が出ていて、絵の中には計算式までかかれていますから食いつくこと間違いなしです。

 では、またの機会にお会いしましょう。

 

絵本 上野与志さんの「ふたごのどんぐり」を紹介。ふたごのきずな。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2014年発行、上野与志さん作、いしつとむさん絵の「ふたごのどんぐり」です。

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あらすじ

 町はずれのこうえんにふるい大きなかしの木が2本ささえあうようにたっています。みんなから「ふたごのかしの木」とよばれています。「ふたごのかしの木」が生まれたのは、ずっとずっとむかしのこと。みはらし山のてっぺんには見上げるようなかしの木が1本たっていました。「ふたごのかしの木」のかあさんの木です。

 あるとしのなつ、いつものようにかしの木はどんぐりをたくさんみのらせていました。その中にふたごのどんぐりがありました。

 あきになりました。みみをすますとどんぐりたちのおしゃべりがきこえてきます。「ぼくたちどんぐりってずうっとどんぐりのままじゃいられないってかあさんがいってたよ。ちがうものになるんだって…。」「そんなのいやだい、ぼくずうっとおにいちゃんといっしょにどんぐりのままがいい。」ふたごのどんぐりのおとうと、グリがいいました。「だいじょうぶだよ、おれ、ずうっとグリといっしょにいる。やくそくするぜ!」おにいちゃんのドンがいいました。

 ある日、かあさんの木はどんぐりたちにはなしだしました。「おまえたちはこれからたびに出なければなりません。」「おまえたちはわたしからはなれて、りっぱなかしの木になるのです。それがわたしたちかしの木の生きかたなの。」「さあ、いきなさい!」かあさんがさけんだとたん、まるでどんぐりたちをあとおしするようにつよいかぜがふいてきました。どんぐりたちはころげおちていきました。ふたごのどんぐりもころがります。「グリ、ぜったいにはなれるなよ!」「うん、おにいちゃん!」

 ころげおちたところへ、いきなりりすがおそいかかってきました。りすはどんぐりが大こうぶつなのです。ところが、そこへからすがまいおりてきて、ふたごのどんぐりをくわえてとびあがりました。からすはふたごのどんぐりをくわえたままぐんぐん空にまいあがっていきました。

 そのとき、とんびがからすにおそいかかりました。「ここはおれのなわばりだ。でていけ!」「うるさい!カァ!」からすがさけんだとたんふたごのどんぐりはからすのくちばしからこぼれおちてしまいました。そして…

 ふたごのどんぐりというのはジーボ、みたことがありません。地面に落ちているどんぐりしか見ていないので当然かもしれません。かしの木になっている青いどんぐりの実はどんな風か絵本をみればわかるのですが、実物を見た記憶がないです。今度樫の木を見たら確かめてみようと思います。

 では、またの機会にお会いしましょう。