ジーボのブログ

このブログはおもにジーボが読んできた絵本について紹介するものです。

絵本 かこさとしさんの「コウノトリのコウちゃん」を紹介。コウノトリと人の交流。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2017年発行、かこさとしさん作の「コウノトリのコウちゃん」です。この絵本は日本の空にコウノトリがたくさん舞うことを願って書かれた本だそうです。

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あらすじ

 なだらかな山や森にかこまれたしずかな村がありました。はるのはじめ、村の人がたてておいたたかいはしらの上にコウノトリのとうさんとかあさんがせっせと すをつくりはじめました。すができるとその中にたまごを生んでとうさんどりとかあさんどりはかわるがわるたまごをだいてあたためました。やがてたまごからかわいいひなが3ば生まれました。とうさんどりとかあさんどりは3ばにコウちゃん、ゼンちゃん、タケちゃんと名まえをつけました。すのまわりの田んぼではたらいている人やそばのみちを学校へむかう子どもたちはコウノトリのおや子をおどかさないようにしずかに見まもっていました。コウちゃんたちはとうさんどりやかあさんどりがとってくるえさをたべてぐんぐんそだっていきました。

 コウちゃんたちのはねものび、あしもくちばしもつよくなっていったある日、まずコウちゃんが すの上にたかくとびあがりました。つづいてゼンちゃん、タケちゃんもげん気にとびあがったりはねたりしてはねやあしのつよさをたしかめました。コウちゃんたちはじぶんのちからでどこへでもとんでいき、じぶんでえさをさがして生きていけるりっぱなコウノトリのわかものになりました。わかものになったコウちゃんたちはあちこちたんけんしてまわりました。コウちゃんたちがそろってとんでいくようすやえさをおいかけているのを村のおとなも子どもたちもにこにこ見まもっていました。

 ある日のこと、3ばは森のむこうの大きなぬまへいってみることにしました。いってみると、そこにはコウちゃんたちとおなじようなコウノトリのわかもののエッちゃん、ヤマちゃん、シラちゃんがいました。6わはすぐになかよしになってなかよくえさをさがしまわりました。

 そんなある日、つよいあらしがやってきました。コウノトリたちはとうさんどりもかあさんどりもコウちゃんたちも森の大きな木のかげでじっとしていたのでなんのけがもなくあらしをすごすことができましたが、はしらの上のコウちゃんたちが生まれた すは、はげしいかぜでとばされておちてしまいました。みんながっかりしていると、村の人たちやしょうぼうしょのはしご車がやってきてはしらの上に すをもどしてくれました。うれしくなったコウちゃんたちはおれいにくちばしをカタカタとならしながらとびまわってはしご車についていくとそこでは…

 コウノトリの生活が良く描かれている本です。コウノトリは日本でも海外でも幸せや赤ちゃんを連れてくる鳥として親しまれています。あとがきによれば自然が失われ、餌が少なくなった為、住むのに適さないところが増えて世界中でコウノトリの数が少なくなっているそうです。日本の兵庫県豊岡市福井県越前市の白山・坂口地区などではコウノトリが住めるような良い場所にしようと熱心な努力が行われているそうです。お話にあるような人とコウノトリとの交流ができているかもしれません。興味のある方は一度見にいかれてみてはいかがでしょうか?

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 上野与志さんの「でっかいたまごとちっちゃいたまご」とくすのきしげのりさんの「できることおてつだい」を紹介。たまごのうたと自分のできること

皆さんこんにちは。ジーボです。今回は2冊を紹介致します。

でっかいたまごとちっちゃいたまご

 最初のお話は、2013年発行、上野与志さん作、かとうようこさん絵の「でっかいたまごとちっちゃいたまご」です。

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あらすじ

 むかしむかしのそのむかし、でっかいでっかいはらっぱにでっかいたまごがありました。そのすぐそばのはっぱの上にちっちゃいたまごがありました。あるときでっかいたまごはおもいます。「ぼくはいったいなんになるんだろう」そのおもいをこめてでっかいたまごはぶるぶるふるわせてうたいました。するとちかくのぱっぱからちっちゃいたまごがいいました。「あたしはいったいなんになるの?」ちっちゃいたまごもまた、そのおもいをこめてからだをぶるぶるふるわせてうたいました。でっかいたまごはちっちゃいたまごに気がつきます。おたがいにおおきさがちがうけれどおんなじたまごだと。ふたつのたまごはすっかりなかよしになりました。ある日でっかいたまごがいいました。「ぼく、なんだかふるえがとまらない。ぼく、うまれるみたい。」ちっちゃなたまごもおんなじようにうまれそうです。そしてふたつのたまごにひびが入って…

 ミュージカル調とでも言えばよいでしょうか。主人公の卵2つの気持ち、生まれてからの気持ちを歌を通して表現しています。また、絵はとてもカラフルで楽しい感じであふれています。2つの卵がそれぞれ何になるかは本を見てのお楽しみです。

できることおてつだい

 続いてのお話は、2015年発行、くすのきしげのりさん作、市居みかさん絵の「できることおてつだい」です。

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あらすじ

 あしたはうんどうかいです。先生はサルくんたちをよんでうんどうかいでつかうものをはこぶてつだいをおねがいします。リスくんもクマくんもウサギさんもやる気まんまんです。さいしょはたま入れのかごです。かごはたかいところにあってクマくんもウサギさんもとどきません。リスくんはかごのあるところまでのぼれますが、かごが大きくてもてません。そのときです。「ぼくにまかせて!」サルくんがいいました。サルくんはするするとのぼっていくと、かごをかかえておりてきました。「サルくんすごいや!!」みんながいうと、「だってこれはぼくにできることだもの。」とこたえました。先生は「まあ、『できることおてつだい』ね。ありがとう。」先生にほめられてサルくんはうれしくなりました。そしてリスくん、クマくん、ウサギさんとつぎつぎに「できることおてつだい」をしていきます。みんなは先生にほめられてうれしくなりました。こうしておてつだいであつまったほかのおともだちもみんなじぶんでかんがえて「できることおてつだい」をしました。あしたはうんどうかいです…。

 お話は自分でできることを自分で考えて、自分で行動しよう。そうすることでみんながそれぞれ得意な分野で協力し合って、すてきなことができ、自分も気持ちがいいよと述べています。

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 平田昌広さんの「おとうさんはだいくさん」を紹介。親の仕事を子どもは見たがっている。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は、2009年発行、平田昌広さん作、鈴木まもるさん絵の「おとうさんはだいくさん」です。

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あらすじ

 おとなりのいえのおとうさんはあさからいぬごやづくり。日よう日にだいくしごとをすることを日ようだいくといいます。でもぼくのとうちゃんは日ようだいくなんてしません。だってほんもののだいくだから。となりのおとうさんはいつもはかいしゃいんで日よう日には日ようだいく。ぼくのとうちゃんはいつもはだいくだけど、日よう日はいえでごろごろ。でもまいあさいえをでるときのとうちゃんはちょっとちがう。ぼくがねむい目をこすってふとんのなかでもぞもぞしているころにかあちゃんがつくったおべんとうをもってあつい日もさむい日もやすまないでしごとにいく。ぼくはとうちゃんがしごとをしているところを一ども見たことがない。ぼくはとうちゃんにたのみこんで日よう日のしごとばにつれていってもらった。とうちゃんのたてているいえははしらがむきだしで、木のにおいがぷーんとした。ぼくは学校のずこうのじかんにいえにをつくったとき、さいごに名まえをかいたけど、とうちゃんはじぶんでたてたいえになまえをかくのかな?きいてみたらかかないって。いえはだいくひとりでたてるんじゃなくてたくさんのひとのちからでたてるからだれかひとりの名まえなんかひつようない。かべがみをはるないそうや、かべつちをぬるさかんや、でんきや、ガスや、すいどうやなどいろんなひとのちからでいえはできている。とうちゃんはすんでるひとがしあわせならそれでいいって。

 親の仕事を見る機会というのは意外とないものです。ジーボも親がどんな仕事をしているか聞かされはしたものの、見るのは一度くらいしかありませんでした。我が子にも仕事を見せたことはありません。サラリーマンの場合はちょっと難しいと思いますね。はたから見ていても何をやっているかはわかりにくいと思います。その点この本のように手に職を持つような職業は子供から見てもわかりやすいように思います。私たちは親として子供に誇れるような仕事をしているでしょうか?

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 日本昔話の「かもとりごんべえ」を紹介。ごんべえさんのおもしろい工夫。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は、1985年発行、斎藤君子さん文、遠藤てるよさん絵の「かもとりごんべえ」です。

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あらすじ

 むかしごんべえさんという かもとりがいました。あるふゆのこと、ごんべえさんはかもを一わ一わとるのが めんどうになりました。一どに百わもとる うまいくふうがないかとかんがえたあげく、ながいあさいと のさきにまめをひとつぶとおしてぬまのほとりにほおりなげておきました。にしの空に日がかたむきかけたころ、かもがむれをつくってとんできて、ぬまにおりると えさをあさりだしました。そのうち一わのかもがまめを見つけてパクリとたべたかとおもうとおしりからチリンと出しました。それをつぎのかもがパクリとたべてチリンと出し、それをまたつぎのかもがパクリとたべてチリン…。こうしてひとつぶのまめがつぎからつぎへとかものおなかの中をとおりぬけていきました。

 さて、つぎのあさ、ごんべえさんがくらいうちにぬまへいってみるとたくさんのかもがじゅずつなぎになってねむっていました。かずをかぞえてみると九十九わであと一わで百わになるところです。ごんべえさんはよろこんであたりをみまわしました。そうこうするうちにひがしの空にお日さまがのぼってきて、ねむっていたかもが目をさましました。かもは九十九わ いっせいに大空めざしてとびたちました。あわてたごんべえさんはむちゅうであさいと にしがみつきました。かもはごんべえさんをぶらさげてゆうゆうと大空をとび、くもの上まできてしまいました。そして…

 斎藤さんはあとがきで次のようなことを書いています。「空を飛ぶということは洋の東西を問わず、人々が抱き続けてきた夢でした。外国の昔話にはほうきにまたがって空を飛ぶ魔女や空飛ぶじゅうたんが登場し、日本には風に吹かれて天に上る傘屋の話や、桶にたがをはめようとして跳ね飛ばされる桶屋の話など、面白い話が伝わっています。私は鴨を一度に百羽もとる工夫をあみだしたり、雲の上から大張り切りで雨を降らせたりおっかなびっくり地震の神様の手伝いをするごんべえさんがいとおしく、この話を選びました。」

 ジーボも一度に百羽とる工夫には関心しました。この方法を実際にやってみたら、どうなるんでしょうか?きっとどこかの誰かがやっているのではないかと思います。実際にはこんなうまくいかないと思いますが、やるとどうなるのか是非とも知りたいです。

 では、またの機会にお会いしましょう。

普段行わない行動で体調を崩した?

記事は移転しました。

まとめ記事からアクセス願います。

 

ziibo.hatenablog.com

絵本 くすのきしげのりさんの「うれしいやくそく」を紹介。うれしい友達の思いやり。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2015年発行、くすのきしげのりさん作、いしいつとむさん絵の「うれしいやくそく」です。

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あらすじ

 きょうはわくわく山へえんそくへいく日です。それなのにキツネくんはあしをけがしてえんそくにいくことができません。キツネくんはベッドによこになりながら、(わくわく山はどんなだろう)(みんなはなにしてあそぶんだろう)(…たのしいだろうな)(きっとぼくのことなんか、わすれちゃうくらいたのしいんだろうな)とあれこれかんがえてかなしくなってしまいました。

 そのころみんなはうたをうたいながら、わくわく山へとあるいていました。わくわく山へついたころにはおひるになっていました。みんなおなかがぺこぺこです。やわらかな草の上にすわって、みんなでおべんとうをたべました。いちばんにおべんとうをたべおわったリスくんがおいしそうなきいちごを見つけました。タヌキさんは大きなはっぱをリスくんに見せました。シカくんはとりのはねをつのにかざってとくいそう。サルくんはシカくんのつのみたいな木のえだをあたまにつけて大よろこびです。ウサギさんはお花でくびかざりをつくりました。クマさんは小川できれいな石をひろいました。ヤギ先生はいわからわきだすつめたくておいしいお水をたっぷりとじぶんの水とうに入れました。

 かえりみちもみんなでうたをうたいながらかえりました。学校につくとヤギ先生がいいました。「さあ、それでは、みんな気をつけてかえるのよ」みんなは先生にさよならをいってかえりはじめました。けれどもヤギ先生もみんなもキツネくんのいえのほうにあるいていきます。みんなはかおを見あわせ、にっこりとわらいました。「キ・ツ・ネくん!」みんなはキツネくんのいえにやってきました…。

 キツネくんの友達は皆思いやりがある子たちばかりですね。みんなで申し合わせていなくてもキツネくんのことを思ってみんなキツネくんの家に行くなんてとても素晴らしいです。遠足の楽しさを味わえなかったキツネくんでしたが、ともだちの思いやりがとてもうれしく思ったことでしょう。このような友達と遠足に行ければ最高ですね。

 では、またの機会にお会いしましょう。

絵本 日本昔話の「だいこんどのむかし」を紹介。大飯食いの役立たず?

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は1984年発行、渡辺節子さん文、二俣英五郎さん絵の「だいこんどのむかし」です。このお話は山形の民話です。

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あらすじ

 むかしある村で かぶなどいろいろなやさいのたねをたくさんまきました。ところがどうしたことかひとつもめが出ません。村人たちはまい日はたけを見てしんぱいしていると、たった一つだけだいこんが めを出しました。村人たちは大よろこび。一つでもよかったよかったとだいじに村じゅうで水をやり、こやしをやっておせわをしました。するとこのだいこんは大きく大きくそだち、村じゅうでたべてもだいじょうぶなくらい大きくなりました。どうやってたべるかをいいあっているうちにあきもおわりになり、いよいよだいこんをぬくことになりました。村じゅうでてわけしてふといなわをつくり、男たちも、女たちもなわにとりついて、「せーや、せーや」とひっぱりました。けれどもだいこんはびくともしません。そこでけんぶつのじいさまやばあさまたち、男の子も女の子もみんななわにとりついてちからをあわせてぬこうとしたところ、いきなりかみなりさまがごろごろとすばらしい音をたてました。「ゆきがふるまえのゆきおろしさまだ。」「ことしはふゆがはやいのう。」「ふゆじたくもしないと。」みんななわをひく手をとめてさわいでいました。するとこのだいこんがめそめそとなきだしました。わけをきいてみると、ゆきおろしさまをだいこんおろしさまとまちがえてじぶんがおろされるとおもったからでした。村人たちはものいうだいこんをたべてはいけないと、だいじにすることにしました。それからというものあきのあらしにもふゆのふぶきにもあわず、村はおだやかになりました。なつはだいこんのすずしいかげで子どもたちがあそび、村はほんとうにらくになりました。ところがこのだいこんはすごい大めしぐらいで、まい日たくさんのこやしをやらないとしおれてしまいます。村人たちはせっせとこやしをはこんでいましたが、だんだんとめんどうになってきました。そのうちだいこんがただのむだめしぐいにおもえてきて、とうとうあるとき「くっちゃねくっちゃねでなんのやくにもたたね。やくたたずはくわしておかれんから出ていってくれ。」とだいこんにいいました。だいこんはにがいかおをしましたが、なにもいわずに出ていきました。そして…

 初めて読んだお話でした。日本の昔話では動物がしゃべるお話はよくありますが、野菜がしゃべるというお話は聞いたことがありませんでした。今では普通に絵本ではあることですが、民話が作られた当時は相当画期的なことだったのではないでしょうか?。お話はおもしろいそして変わったお話ですね。大根の影響でほかの野菜たちはどうなっていたのでしょうか?大根はかなりの養分を必要としているようですので、全くできなかったのでは?と心配してしまいます。そして大根はどこへ行ってしまったのでしょうか?大飯食いなのでどこでも持て余してしまい、結局はかれてしまったかもしれないですね。

 では、またの機会にお会いしましょう。