ジーボのブログ

このブログはおもにジーボが読んできた絵本について紹介するものです。

絵本 内田美智子さんの「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」を紹介。命の尊さを思い出そう。

 皆さんこんにちは。ジーボです。今回のお話は2013年発行、坂本義喜さん原案、内田美智子さん作、魚戸おさむとゆかいななかまたち絵の「いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日」です。

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あらすじ

 さかもとさんはしょくにくセンターではたらいています。うしのいのちを”といて”おにくにするしごとです。”とく”というのはうしやぶたをころすといういみです。しょくにくかいたいぎょうしゃがつかっていることばです。さかもとさんはこのしごとがずっといやでした。いつかやめようとおもいながらしごとをしていました。

 さかもとさんには小学3ねん生の子どもがいました。しのぶくんという男の子です。ある日じゅぎょうさんかんがあり、さかもとさんがいくことになりました。じゅぎょうさんかんでは、しゃかいかの「いろんなしごと」というじゅぎょうでした。先生が子どもたちに「おとうさん、おかあさんのしごとはどんなしごとですか?」とひとりひとりにたずねていました。しのぶくんはおとうさんのしごとをふつうのにくやとこたえました。

 その日、いえにかえってからしのぶくんはおとうさんにいいました。「おとうさんがしごとばせんと、みんながにくをたべれんとやね。」なんでそんなことをいいだすのかきいてみると、学校のかえりぎわ、しのぶくんは先生によびとめられてこういわれました。「さかもと、なんでおとうさんのしごとばふつうのにくやてゆうたとや?」「ばってん、カッコわるかもん、1かい見たことあるばってん、ちのいっぱいついてから、カッコわるかもん」先生はしのぶくんにおとうさんがしごとをしないと先生もしのぶくんも校ちょう先生もかいしゃのしゃちょうさんもにくがたべられない。だからすごいしごとをしているのだということをつたえました。しのぶくんはそこまで一気にしゃべり、さいごに「おとうさんのしごとはすごかとやね」といいました。さかもとさんはもうすこししごとをつづけようかなとおもいました。

 ある日、一日のしごとをおえたさかもとさんがじむしょで休んでいると、1台のトラックが入ってきました。にだいにはあしたんにくになるよていのうしがつまれていました。みているとじょしゅせきから10さいぐらいの女の子がとびおりてきました。そしてそのままにだいにあがっていきました。さかもとさんがトラックにちかづいてみいると女の子がうしにはなしかけているこえがきこえてきました。「みいちゃんごめんねぇ。みいちゃんごめんねぇ。みいちゃんがにくにならんとお正月がこんて、じいちゃんのいわすけん。みいちゃんばうらんとみんながくらせんけん。ごめんねぇ。みいちゃんごめんねぇ。」そういいながらうしのはらをさすっていました。さかもとさんは「見なきゃよかった。」とおもいました。トラックのうんてんせきから女の子のおじいちゃんがおりてきてさかもとさんにあたまをさげました。「さかもとさん、みいちゃんはこの子といっしょにそだちました。だけん、ずっとうちにおいとくつもりでした。ばってん、みいちゃんばうらんとこの子におとし玉もクリスマスプレゼントもかってやれんとです。あしたはどうぞよろしくおねがいします。」さかもとさんはまた、「このしごとはやめよう。もうできん。」とおもいました。そしておもいついたのがあしたのしごとを休むことでした。

 さかもとさんはいえにかえり、みいちゃんと女の子のことをしのぶくんにはなしました。そしてみいちゃんをにくにすることができないのであしたのしごとは休もうとおもっているとつたえました。しのぶくんは「ふ~ん」といってしばらくだまったあと、テレビに目をうつしました。

 そのよるいつものようにさかもとさんはしのぶくんといっしょにおふろに入りました。しのぶくんはさかもとさんのせなかをながしながらいいました。「おとうさん、やっぱりおとうさんがしてやったほうがよかよ。こころのなか人がしたらうしがくるしむけん。おとうさんがしてやんなっせ。」さかもとさんはだまってきいていましたが、けっしんはかわりませんでした。

 つぎの日のあさ、しのぶくんは小学校へ出かけるときにげんかんでさけびました。「おとうさん、きょうはいかないけんよ!」「わかったね?」さかもとさんはおもわず「おう、わかった」とこたえてしまいました。さかもとさんはしぶいかおをしながらしごとへと出かけました。そして…

 この本は最後までお話を書きたくてしかたがありませんでした。人は牛や豚の命を奪って自分たちの生きるエネルギーとしています。それはしかたのないことではありますが切ない思いがこみ上げてきます。我々は色々なものから命をいただいて生きているということをもっと自覚すべきだと感じました。命を無駄にしないためにも。

 では、またの機会にお会いしましょう。